「大丈夫」の奥に、置き去りにした感情はありませんか?|本音を抑えてしまう人へ
目次
本当は大丈夫ではないのに「大丈夫」と言ってしまうのはなぜ?
「大丈夫?」と聞かれたとき、考えるより先に「大丈夫」と答えてしまうことはありませんか?
本当は少しつらい。
本当は誰かに気づいてほしい。
本当は、もうこれ以上引き受けたくない。
けれど、心配をかけたくなくて、場の空気を乱したくなくて、笑顔で「大丈夫」と答える。
そのときは、自分でも嘘をついているつもりはないかもしれません。
「大丈夫」と言ったあとで初めて、胸の奥に小さな違和感が残っていることに気づく人もいます。
「大丈夫」は、自分や相手を安心させる、あたたかな言葉でもあります。苦しいときに自分を支え、前へ進ませてくれることもあります。
だから、「大丈夫」と言うこと自体が悪いわけではありません。
けれど、本当は大丈夫ではないときまで、いつも同じ言葉で自分の気持ちを覆っているとしたら。その奥には、感じないことにしてきた悲しみや寂しさ、怒り、怖さが置き去りになっているのかもしれません。
この記事では、本当は大丈夫ではないのに「大丈夫」と言ってしまう理由と、抑えてきた感情との向き合い方についてお伝えします。
そしてNoa Healingが、感情をほどくことを単なる気分の変化ではなく、どのように「本来の響き」へ還る入口として捉えているのかもお話しします。

「大丈夫」と答えることで守ってきたものがある
本音や感情を抑えてしまう背景は、一人ひとり違います。
たとえば、幼い頃から周囲の気持ちを敏感に感じ取り、自分のことより家族の空気を優先してきた人がいます。
弱音を吐いても受け止めてもらえなかった人や、泣いたり怒ったりすると困らせてしまうと感じてきた人もいるでしょう。
いつも「しっかりしている人」「頼れる人」として期待され、その役割に応え続けてきた人もいます。
そのような経験の中で、
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心配をかけてはいけない
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迷惑をかけてはいけない
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自分が我慢すれば丸く収まる
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弱いところを見せてはいけない
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相手の期待に応えなければならない
という生き方を身につけることがあります。
それは、単なる悪い癖とは限りません。
そのときの自分が人とのつながりを守り、その場所で生きていくために必要だった方法かもしれないからです。
「大丈夫」と言うことで、自分を守ってきた。
誰かを安心させ、関係が壊れないようにしてきた。
そう考えると、まず必要なのは「どうして本音を言えないのだろう」と自分を責めることではなく、「この言葉で、私は何を守ってきたのだろう」と静かに見つめることではないでしょうか。

感情を抑えることが当たり前になると、自分の気持ちが分からなくなる
感情を抑えることが長く続くと、自分が我慢していることさえ分からなくなる場合があります。
「嫌だ」と感じる前に引き受ける。
傷ついたことに気づく前に、相手を理解しようとする。
疲れていても、まだ動けるから大丈夫だと思う。
「どうしたい?」と聞かれても、自分の希望より先に、相手にとって都合のよい答えを探してしまう。
こうしたことが重なるうちに、本音がなくなったのではなく、本音へつながる道が見えにくくなっていきます。
その一方で、言葉にならなかったものが、身体のこわばりや、理由の分からない疲れ、繰り返す感情、人との関係で感じる引っかかりとして現れることもあります。
もちろん、身体や心の不調にはさまざまな原因があります。
つらい状態が続く場合には、医療機関など適切な専門家へ相談することも大切です。
ただ、検査や理屈だけでは説明しきれない違和感の奥に、これまで気づかないことにしてきた自分の感覚が隠れていることもあります。
「何がつらいのか分からない」
「何を望んでいるのか分からない」
その分からなさもまた、長いあいだ周りを優先して生きてきたことを知らせる、小さな手がかりなのかもしれません。
「大丈夫」の奥に置き去りにした感情は、消えたわけではない
感じないようにした悲しみも、飲み込んだ怒りも、なかったことにした寂しさも、消えてしまったわけではありません。
表面では忘れたように思えても、似た出来事に強く反応したり、同じ人間関係を繰り返したりすることがあります。
何かが起きるたびに感情を覆い、その場を「大丈夫」で通り過ぎていると、本当に感じていたことだけでなく、自分が大切にしたかったことまで見えにくくなることがあります。
怒りの奥には、「本当は大切にしてほしかった」という願いがあるかもしれません。
寂しさの奥には、「本当はつながっていたかった」という思いがあるかもしれません。
怖さの奥には、「本当は安心して自分を表したかった」という感覚があるかもしれません。
ただし、すべての感情の意味を、すぐに言葉で決める必要はありません。
自分でも気づいていない深いところには、そのときには感じきれなかったものや、まだ言葉にならないものもあります。
大切なのは、正しい答えを探すことよりも、「何もなかったことにしなくてよい」と、自分の内側に少しずつ場所をつくることです。

「大丈夫」と言ってきた自分を責めなくていい
本音を抑えてきたことに気づくと、「もっと早く自分を大切にすればよかった」「どうして嫌だと言えなかったのだろう」と、過去の自分を責めたくなることがあります。
けれど、そのときの自分には、その生き方が必要だったのかもしれません。
「大丈夫」と言うことで、今日を乗り越えられた。
感情をいったん閉じ込めることで、守れた関係や生活があった。
そうやって生きてきた自分を否定することは、もう一度、自分の一部を置き去りにすることにもつながります。
だからまずは、無理に変わろうとする前に、
「私は大丈夫と言いながら、ずっと頑張ってきたのかもしれない」
と気づくだけでもよいのです。
その気づきは、止まっていたものが静かに動き始める入口になります。
抑えてきた感情を、無理に引き出さなくてもいい
置き去りにした感情に気づくことは大切ですが、奥にあるものを一度にすべて思い出したり、無理に吐き出したりする必要はありません。
感情には、その人なりの時間があります。
まだ触れられないものには、触れられない理由があります。

「本当はどう感じているの?」と自分を問い詰めても、答えが出てこないことがあります。
それは、自分とのつながりが失われたからではありません。
今はまだ、安全に感じられる場所や時間を必要としているのかもしれません。
今の自分に気づけるところから、少しずつ始める。
胸が詰まる。
呼吸が浅くなる。
なぜかその言葉に引っかかる。
本当は少し休みたい。
そのような小さな感覚を、すぐに否定せずに受け取ってみる。
感情をほどくとは、閉じ込めてきたものを力ずくでこじ開けることではありません。
今の自分が触れられる入口から、内側に残っていたものが自然に動き出せるようにしていくことだと、私は考えています。
感情をほどくことは、「本来の響き」へ還る一つの入口
Noa Healingでいう「本来の響き」とは、単にその人らしい性格や、自分の本当の気持ちを表す言葉ではありません。
私たちの存在の奥には、宇宙根源の源とつながっている「本来のわたし」があります。
その本来のわたしが持つ光や音が、地球上で人間として生きる私たちを通して、この世界へ発せられているもの。
それを、Noa Healingでは「本来の響き」と呼んでいます。
私たちは地上でさまざまな経験を重ね、人との関係の中で生きています。
その過程で、本当は感じていたことを何度も飲み込み、自分より周りを優先し続けると、本来のわたしとのつながりが見えにくくなることがあります。
けれど、本来の響きそのものが、なくなったわけではありません。
抑えてきた感情は、排除すべきものでも、本来の響きを邪魔する悪いものでもありません。
それもまた、地上で生きる自分が体験してきた大切な一部です。
だから、感情をほどくことの目的は、いつも穏やかで前向きな自分になることではありません。
置き去りにしてきた自分の一部を迎え入れ、本来のわたしとのつながりを覆っていたものを少しずつほどいていくこと。
そして、本来のわたしの光や音が、今ここにいる自分を通して、再びこの世界へ現れやすくなること。
感情をほどくことは、そのための一つの入口なのです。

Noa Healingでは、今のあなたに必要なところから響きをひらきます
同じように「大丈夫」と言っていても、その奥にあるものは一人ひとり違います。
悲しみがある人もいれば、身体の違和感に出ている人もいます。
繰り返す人間関係、エネルギーの滞り、潜在意識に残るもの、ふと届くメッセージが入口になることもあります。
Noa Healingでは、決まった方法にその人を当てはめるのではなく、今のその方に必要なところを感じ取りながら、身体・感情・エネルギー・潜在意識などへ働きかけていきます。
「大丈夫」と言わなくても、そこにいてよい。
まだ言葉にならないものも、そのままそこにあってよい。
安心して自分の内側に触れられるところから、閉じ込められていたものをほどき、本来のわたしとのつながりへ還っていく時間です。
もし今、「本当は大丈夫ではないのかもしれない」と感じているなら、その感覚を急いで打ち消さなくてもよいのだと思います。
それは弱さではなく、ずっと奥にいたあなた自身から届いた、小さな合図かもしれません。
その合図に気づいたところから、本来の響きへ還る道は、すでに静かにひらき始めています。
→ Noa Healing|本来の響きで生きるためのヒーリング
Noa Healing
音綾(のあ)
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